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霊・霊魂・悪霊など霊とは何か

霊・霊魂・悪霊HEADLINE

霊の正体

霊障に悩まされると多くのメールを頂ます。当サイトでは起きている事象を検証して霊障であるかを見極め対処も行っております。

霊については諸説御座いますが概ねの解釈として人間が持つ肉体とは別のもの、肉体が滅んでも永遠にあるもの。五感で感じることは出来るが見えることは出来ない。第六感が働くとき姿としてとらえることができる場合もある。良くも悪くも生きている人間に影響を齎せ運命を翻弄することも上昇させたることもあるエネルギー体の1つ。神に近いあるいは神の一部となるでしょう。

人間には心があります。心では誰もが思いを持ち意識があり無意識の範囲、潜在意識もあり、そこで作られたエネルギーの多くは念として放出されています。想念、思念のエネルギーとして放出のされ方も意識的なもの無意識で行われるもの様々です。想念、思念などは霊と特異性が酷似しておりますので混合される方もおられますが全く次元の違った存在で、通常は見分けることは困難ですが事象の解明によって霊であるか念であるかは判断が出来ます。また、思念と想念の見分け方は簡単で現在進行形の思いが思念、つまりは生きている人の今の思いが思念です。想念とは生きている人を含めた過去の思いです。思念は新しく想念は古いと考えればよいと思います。
霊と念の決定的な違いは念には独自性の動きはありますが流動的な動きが御座いません。「水を飲む」働きの念は水を飲むことを延々と繰り返すのです。例えば、自殺の名所で繰り返し自殺が起こるのは自殺した人の想念が残ってしまって「死ななくてはいけない」と自殺者の強烈な思いが土地に根付いてしまっているのです。想念が人を呼び込み自殺を考えている人を呼び寄せたり、たまたま訪れた人が波長を同調させてしまって自殺をしてしまうことになるのです。ですから○○の名所やいわくつきの場所は概ね想念の塊があると考えられます。想念は同じ想念を吸収して肥大化致しますので厄介な場合があるのです。良い想念も同じ働きを致しますので肥大化した良い想念は人を幸せに致します。パーワースポットなどの一部は良い想念の塊があると言えるでしょう。
霊は神との繋がりが御座いますから神の意思を借りて自由に流動的な動きを致します。水を汲むことも飲むことも致します。生きている人間とあまり変わらない意識で動くのが霊です。
霊を考えるとき、コップを思い浮かべて水を溜めていく映像を想像すれば分かりやすいと思うのですがコップの水は1つの液体でコップから溢れ出した水が霊でコップに満たされている水が神となります。霊と神は永遠に1つで人間も魂レベルでは全ての人類と繋がっている1つのエネルギー体なのです。繋がりの深い浅い濃い薄いがあるだけで1つには違いは御座いません。

霊は怖がるものでも怖いものでも無いのです。怖いのは想念、思念です。また、霊で怖いのは人間の霊や霊魂とは別に低次元のエネルギーである低級霊と動物霊です。低級霊は人の想念を吸収した動物霊と考えたら良いでしょう。動物の霊は人間の霊より次元が低いところの霊ですので本能そのもので動きます。理性が成長過程の赤ちゃんや子供は残酷ですね、思ったこと悪いことを無邪気に行います。それと同じ感覚が動物霊なのですがずる賢い分、無邪気とは言えず邪気の塊と言えるのです。

動物霊や低級霊は人を騙して喜びを感じます。悪さをすることが楽しくて仕方ない厄介な霊なのです。過去、魔術師も多くが低級霊や動物霊に騙されて命の危険を感じたり魂を奪われた者も数多くいます。現代では古典的な古代魔術や降霊魔術は殆ど無いと思いますが、降霊魔術で悪魔を使役したつもりが悪霊の類い低級霊であったり動物霊であったりするのです。悪魔の名を偽り人の前に現れる低級霊、動物霊は多いのです。