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人を恨む心を抱いてしまったら、消化させる方法

人を恨む心人を恨む心

許せない。人を恨む気持ち

人を憎んだり恨んだりすることは魂にとって罪になりますかとご相談を頂ます。

基本的には罪になることありません。他人を憎むことや恨むことが魂にとって罪になるのであれば神様はそんな感情を人間には与えたりはしなかったでしょう。人間に与えられ備わった感情であるのだから抱くことになんら問題となることはいのです。
魂に対して罪となることは他人を恨んだり憎んだりする心を持ってしまうことでは御座いません。
罪になるのは肉体が滅んだ後も魂だけを現世に残してしまうことになります。
この世の自縛から逃れられなくなった魂や霊が地縛霊や浮遊霊となってしまうのは何らかの思いを残している、未練があるからです。それが全て恨みや憎しみばかりとは限りませんが憎しみや恨みはこの世に残りやすい感情となります。だから持たない方が良い感情と言われるだけなのです。しかし、長い人生を生きていれば誰かを恨んだり憎むことは多かれ少なかれ誰だって心に抱くものです。恨みが大きければ許せずに抱え込むことになるでしょう。また、憎しみが増せば長期に渡り心を苦しめてしまうものです。そんな状態が魂にとって良くなかったり心身ともに不利益となりますのでカウンセリングを始め霊能者や占い師の多くは「憎しみを捨てなさい」「恨みは忘れなさい」と助言するのです。忘れることができる恨みなら、許せる憎しみならそれで解決していくことでしょう。問題は許せない憎しみや忘れることができそうもない恨みです。この2つの対処は安易に「許す」「忘れる」で解決を導くことは困難であるのは確かです。許すことも忘れることもできない抱かれた感情を表面的な理解だけで許したり忘れたりしたとしても自分を偽ることになりますので余計、心を苦しめることになるのは否めません。人間はそう簡単に悟りの境地を得ることは出来ないのです。
「許す」「忘れる」を行える自分になるためには「受け入れ」が大切となってくるのです。それは「罪を憎んで人を憎まず」ではありません。あなたの恨みの対象者を受け入れるのではなくて、誰かを恨んだ、他人を憎んだ自分を「受け入れ」ていくことです。感情を抱いたことに罪悪感を持たなくなるや自分を知ることで今の状況と向き合っていくことがやっとできるようになるでしょう。それから「許す」ことも「忘れる」ことも出来るようであれば行っていけばよいのです。
魂に罪を課すことになってしまうのは唯一、現世に心を残してしまうことです。あなたがこの世を旅立つとき、何のためらいも迷いもなく離れられるのであれば現世で抱いてしまった恨みや憎しみは魂に何一つ罪を残していくことはありません。いかなる心も現世に残さないために憎むべき人間や恨みを晴らす制裁を下していくことも1つの選択肢となっていくことでしょう。

怒りから生まれる力

人を恨んだとき、怒りがこみ上げてくることがあります。怒りから生まれる力は内に秘めてしまえば感情のコントロールを妨げ、辛さや悲しみを心に抱かせてしまう自分にとってはマイナスのエネルギーになってしまうことが多々あります。外部へと吐き出していくことが望まれますが物質社会で生きる人間にとってダイレクトで怒りの感情を外部に放出することは露にするに過ぎませんので衝突と報復でしかなくなるため自分をも巻き込んでしまうマイナス要素を含んでしまうのは否めません。
怒りを露わにすることは心を裸にして無防備にも何の防御も行わず感情だけを剥き出すだけとなります。それでは、怒りと怒りのぶつかり合いを避けることは出来なくなるでしょう。そして、物質社会では先に怒りを現して他者を傷つけたり、物質を破壊した者が如何なる理由があっても悪と称されてしまうものです。
あなたが抱いた怒りの理由が他者にあるのが明白であったとしてもその行為は認められることはなく、よくても喧嘩両成敗となり自分にとっては不条理な結末を迎えることになってしまいます。

怒りが持つ力は絶な大なる力があります。その力を内に秘めず外部へと放出する手段に黒魔術があります。黒魔術では物質社会への直接的な危害を加えることなくあなたが怒りを抱いた奴への制裁を下していきます。
怒りが持つ絶大な力を物質社会を通さずに憎い奴へと向かわせることができるが黒魔術となります。

怒りや恨みを忘れる方法

怒りや恨みを自己処理できなくて、苦しむことが悪循環となり、苦しんでしまうことは多々あることだと思います。
一度、抱いてしまった、怒りや恨みは心のなかで増大してしまうものでドンドンと心の中を闇で覆うってしまうもの。

腹立たしいから怒り、

憎いから恨みを抱く、

それは、人間であれば当然の感情です。無理して怒りをしずめても、それは、いつか噴火することは避けられないことかもしれません。噴火してしまったとき、不幸になるのは、噴火元である、あなた自身となることもあります。抱いてしまった怒りに対して何の対処もせず忘れようとすることは妥協の手段であり諦めに過ぎないのです。
苦しめられたことに対して、あなたが諦めることができて、妥協することが出来るのであればそれはそれで自分にとっては良い選択となるでしょう。
抱いてしまった怒りを消すことが出来るのであればあなたの未来を切り開くことへつなげていくことができます。
また、諦めや妥協によって憤りや恨みへの思いから逃れることができるかもしれません。
しかし、その一方で本心に渦巻く感情として怒りに蓋をして心の奥に閉じ込めることでしかないのであれば心は何れ、何かの拍子に噴火してしまうのは避けることができない未来へとつながっていくかもしれません。
怒りや恨みは、一度抱いてしまうと心に負の要素として留まり溜まっていくものです。心に渦巻く感情として怒りが留まるのであれば外部へとそのエネルギーを放出することを考えることも怒りから誘発される負の要素を心に溜めない1つの手段となるでしょう。

怒りや恨みはに対しては忘れることより、向き合うことが大切になってきます。
その際、どうしても許せない怒りや恨みを忘れる方法として黒魔術は有効な手段と成り得ることでしょう。

憎い奴を呪いたい気持ち

憎い奴を呪いたい気持ちを抱いてしまったとき、自分の気持ちに苛まされることや、他人を呪いたいほどの心を抱いてしまった自分を怖いと感じるこがあるかもしれません。
けれど、「なぜ、あなたが、その人を呪いたいほど、怨むか」を考えてみれば、当然、あなたが相手を恨むにも相応の理由があるからで、何もないのに人を恨むようなことは誰もしないと思います。

悲しみや辛さ、許せない思い相応の理由について、誤った方法で自分が進んでしまうのではないかと言う葛藤から人を怨む心に罪悪感を覚えてしまうこともあるかもしれません。人を恨む心を抱くこと、それ自体は人間ですから、当たり前の心です。だから、何の問題もないでしょう。
問題になるのは、その気持ちが自分を苦しめたり、後々まで、引きずることがあれば、負のエネルギーを引き寄せる力になってしまうことです。

抱いてしまったことについては、何も問題はないことなのです。しかし、抱いてしまった以上は、消化させて心からなくしていかなくてはならない感情であるには違いないでしょう。

その恨みを消化させる方法に呪いも1つの手段として選択肢にあるのです。
人を恨む心には、戒め的な言葉が世の中には多いですが、人を呪いたいと思う気持ちを抱くのは普通のことなのです。


問題になるのは、物質的な報復になってしまうことなのです。報復は自らの魂を傷つけ、カルマを背負う要因となります。
そして、もっとも恐れることは、人を恨む気持ちの負のエネルギーが心を支配して自らを傷つけてしまうことなのです。

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