愛情が憎しみに変わってしまうとき

愛情が憎しみに変わってしまうとき、「愛」が憎しみ」に変わる前に

愛と憎が表裏一体であるならばHEADLINE

行き場を失ったあなたの愛

愛を感情で表現すると概ね愛情と憎悪に分類されます。愛情と憎しみは紙一重の感情の動きです。愛しているから憎くもなるもので、相手に愛情がなければ憎むことはないのですね。むしろ無関心でいられます。愛は与えた分、相手から与えられると愛情が深まり、与えられないほどに憎しみは抱かれるのです。
あなたが愛を与えた後に関係が壊れてしまったり、自分が気づかないところで裏切りがあったことを知ってしまったとき、愛情が憎悪に変わってしまうことは相手を愛しているからこその感情変化です。本来ならば「愛」が憎しみ」に変わる前に何らかの処理を行うのが最もベストなのですが、既に憎悪を抱いてしまっているとしたら相手への憎しみを抱く心が自分を責めるときもあるでしょう。行き場を失った愛をどうしてよいか分からなく途方にくるれることもあるかもあしません。愛情と憎悪が交差することは時と場合によって仕方のないことなのです。しかし、抱いてしまった憎悪をそのままにしておくことは自分にとって悪影響となりますので対処することは必要でしょう。

憎悪を対処する方法は様々あると思います。

1つは許すこと。許すことが出来るのであれば心は憎悪から解放されるでしょう。心を偽って憎悪に「許す」と言う衣を被せても心に憎悪は残りますので後々の生活の中で時折顔を覗かせたとき、あなたを苦しめる要素となるのは否めません。許すのであれば心の底から許すことです。

2つは、忘れること。無かったことにはできないけれど忘れることならできるかもしれません。忘れるにも努力が必要なのは否めません。どうやって忘れるかは人それぞれ自分に見合った方法でよいでしょう。

3つは、憎悪を晴らすことによって苦しみから心を解放させることです。しかし、手段は考えていかなくてはなりません。憎悪の裏には相手を愛する気持ちがあるのだから、あなたの愛を満たす方法が憎悪から解放される本当の方法となっていきます。もし、恨みを晴らす手段を間違うと自分の人生を破壊させてしまうことになることや後悔してしまうこともあるでしょう。相手に直接手を下したり復讐することは最も最悪な恨みの晴らし方となります。それで愛は勝ち取れないからです。

恨みは感情ですから相手の魂と心を対象とするのがよいです。

愛する相手の態度や行動で何らかの苦しみを与えらたとき、愛情が憎しみに変わることはあなたの感情が正常に働いていることですから変わることに苦しまなくてもよいのです。誰でも愛を踏みにじられたら憎悪を抱きます。ですから愛情が憎しみに変わって憎悪を抱くことになったとしても何ら問題は御座いません。復讐を考えてもそれは自然の摂理であって恨みを抱くことに自分を責める必要もないのです。

問題となるのは抱いてしまった憎悪の対処法です。相手を愛している気持ちが憎悪の裏には隠れていますので愛を修復しながら相手に懺悔させていくのが望ましいでしょう。呪いはあなたの憎悪を正常に消化していく1つの手段と言えるのです。