呪詛とは|神仏による呪い|

呪詛とは

呪詛とは神仏による呪いです

呪詛とは祈願による呪いとなります。主に神仏に祈願することで人を呪う手段です。道具としては符札、木札、紙札などを用いります。
呪詛を行うには日本であれば、文字に隠された呪いを知る必要があります。例えば、平仮名であれば「あ」から始まる理由。また、一文字、一文字に託されている意味です。そして、文字は言葉となると霊魂を得る理由、所謂、言霊がなぜ発生するのかなど、文字や言葉に隠された意味を知ることで扱う人間の念が加味されていきます。そして、それは他人に不幸や災いを齎すものとなるのである。

また、日本仏教の様々な闇に隠された裏の部分を勉学する必要もあるでしょう。元々、日本では天皇家における神道が信仰の中心でした。天皇が神であった時代は全ての事象に天皇家の力が働いていました。しかし、度重なる天変地異と飢饉で苦しむ民の怒りの心を抑えられなくなった天皇家が天変地異についての責任から逃れようと仏教の教えが日本に取り入れられました。
森羅万象が起こす災い、人が苦しむ不幸や災難は全て仏の教えで回避できると普及させながら天皇家の権威を維持するために神仏混合信仰を定着させてきたのです。仏教の闇は密教を知ることで呪詛が祈願、祈祷によって行われる呪いの側面を持つ理由にたどり着きます。

陰陽道で有名な安倍晴明やライバルとされる蘆屋道満などは道摩法師として平安の時代に名をとどろかせた呪術師。二人の命をかけた呪術の対決は後世に語り継がれている。空海の呪詛合戦も有名な逸話として残っています。

呪詛の注意点

呪詛を普通の人が行う場合、低レベルな霊に祈願してしまうことがあります。低レベルな霊とは所謂、悪霊にも成り得ない動物霊の類です。動物霊はまず、人間の祈願を満たすことは致しません。俗に「呪い返し」となって自分に返ってくるのは間違った呪詛を行ってしまったとき。また、呪詛するだけの能力を満たしていないときです。
呪いの念は負の要素を拭うことが出来ませんので自分自身にある負のエネルギーをコントロールすることが重要となり、あなたの放つ念が高レベルな霊に伝わるには相応の修行や鍛錬が必要なのは否めないと思います。従って、自分で行うときは十分に気をつけなくてはなりません。

呪いを行うことは魔術でも同じことが言えますが、負のエネルギーを操作しなかくてはなりませんので執行する者への負担は大きいです。従って安易な気持ちで行うことはあまりお勧め出来ません。

神仏の力に頼る部分が大きい呪詛は危険な呪いとも言えます。呪詛を自分で行う場合は守護法を行ってからの方が良いですが守護法が必ずしも魔除けになるとは限りません。それも行う方の力量となるからです。

呪詛の守護法

九字切り
「臨・兵・闘・者・皆・陳・裂・在・前」
9種類の印契と手印によって自分の想念を守護神に伝え悪霊からの厄除け防御壁を高めてもらいます。

お経とお香による厄除け
「お香を焚き」お香の結界にて次元を分ける。次元を分けるとは自分が居る次元に祈願する霊を入れない様にすると理解すれば良いでしょう。お経の読呪により浄化を即する。

お守り、お札
地の神社仏閣よりもらってくる。

呪詛の守護法でポピュラーなものをご紹介致しましたが、要は全てにおいて結界が重要となります。結界を用いることで負のエネルギーや悪霊と自分の領域と次元を同化させないことで自分を守ることができるのです。

当サイトの守護法は白魔術の守護魔術となります。

呪詛の呪いとノーシーボ効果

呪いを心理学で解明するとき、ノーシーボ効果と説明されることがあります。ノーシーボ効果とは医学的な用語となりますが、体には無害なものであっても有害と信じた場合に病気になったり、苦しんだり、あるいは死に至る事象が起こることを言います。人間の「信念」や「信仰」と肉体の健不健が密接に関係しているところまでは分かっていますが、実際のところ、原因やメカニズムについて解明はされていません。なぜ、この現象が起こるかは科学的にも真実は分からないのです。
また、マイナスプラシーボ効果とは、相手に伝えることで効果が有効になる心理学的な話です。知らしめるために、例えば、ラムネを毒薬と思わせることが必要で、尚且つ、信用させなくてはなりません。
従って、ノーシーボ効果が現れる条件は、緻密に計算された出来事を相手に完全に信じ込ませることから始まりますので宗教やセミナーなどで活用されている心理学と言えるでしょう。

ノーシーボ効果に類似するものが、マイナスプラシーボ効果です。偽薬を服用させて治療する成果を見出すことですが検査結果については常に疑問視が絶えません。

あなたが呪いたい人に「呪ってやった」と言ったとしても相手が信じないのであれば、ノーシーボ効果は現れません。「呪ってやった」と言うことで脅迫罪となりますので気をつけましょう。

呪いは古代より密儀で行われています。相手に知られないように行うのが呪いで、知られたら効果を失うものさへあるのです。相手が信じようが、信じまいが、そんなことは全く関係御座いません。呪われた人間は不運や不幸を被る定めを強いられるものなのです。